私の住む町では素人による演能が行われています。45歳の時(2年前)に誘われてその世界に入りました。正直、あまり興味がない世界であったのですが、亡くなった親父が責任者を務めていた縁もあり、親父の死後入会しました。

 

親父のやっていたパートは、いわゆる「シテ」(主人公)ではなく、太鼓でした。形見の太鼓があったので、太鼓をやることになりました。

 

演能は、年に2回やっています。ただ近年はコロナの関連でいずれも中止に。その影響で私はまだ舞台でデビューしていません。ただ練習は月1回のペースで行っており手付(太鼓の打ち方)を徐々に学んでいます。今年は、コロナ(オミクロン株)の毒性が弱いことと、ワクチン接種の効果を見込んで、例年通りの演能が予定されています。

 

題目は、「猩々」と「黒塚」です。猩々は酒の好きな妖精「猩々」が舞を舞うというお祝いもの。黒塚はちょっとした和性ホラーです。人食い鬼と修験者との闘いを描いています。

太鼓のパートは、クライマックスの前の段階くらいから入り、クライマックスの時に太鼓の独特のリズムを入れます。

 

手付も様々で基本的なものは譜面化されていますが特殊手の部分は口頭継承しかない部分もあり、初心者では独学での稽古が難しい面もあります。そういう部分は、譜面から作ることもあります。いずれは先生の許可を得て公開もしたいと考えています。

 

ただ、YOUTUBE上でだいぶ能の動画も公開されてきているので、これからは教材や情報も増えてくるのではと期待しています。

 

多くの方が能は難しい、と思っていると推測します。私も最初はそうでした(というか今もそう)。一定の歴史的な背景の知識がないと意味がわからない部分もあります。ただやる側となってからはなるほど、世の中に認められているだけあって、日本独特のリズムや奥の深さ、完成度の高さに楽しさを見いだせるようになってきました。

 

広く見る側の共感を得られるものにするために、どのような工夫が必要か、日々稽古しながら考えています。よくテレビでやっているドラマに時に直接的な演出があります。能にも古くから伝わる演出の数々がありそこがわかる方には支持されますが、子どもにもすぐわかるものとは言えないところが難しいところです。能は、シテの舞に加えて生身の発声と囃子、地謡などで世界観を作っています。

 

ファミコンソフトとプレステ5でどちらが選ばれ、残っていくのか、とたとえられるかもしれません。ファミコンの演出は昔、人々を熱狂させてプレステ5に進化するための土台となりましたが、プレステ5の方が若い人には受けるし、そもそもファミコン世代なんて知らないでしょう。それでもファミコンを残そうと考えるかどうか。

伝統芸能の盛衰はそのように例えらえるものかもしれません。